遅ればせながら、新井紀子さんの『AI vs. 教科書が読めない子どもたち』『AIに負けない子どもを育てる』を読みました。
端的に言って、自分が当たり前だと思っている認識を壊してくれる良書でした。
この2冊の本はAIというより、読解力についての本です。
AIとか自動化とか大して興味ない。そんな方にもぜひ読んでいただきたい本でした。
本の概要紹介
著者:新井紀子
出版社:東洋経済新報社
出版日:2018/2/2(AI vs. 教科書が読めない子どもたち)
・2019/9/6(AIに負けない子どもを育てる)
ざっと、内容を紹介するとこんな感じです。
- AIは何ができて、何ができないのか? 東ロボ君プロジェクトを通して探る
- 人間にしかできないこととは? AIが浸透した社会で生き残れる人材とは?
- 子供たちの読解力がAIと大差ない現実
- 人々の読解力を調査する
- 読解力UPする教育方法を探る
- 大人が読解力を向上させるには? 事例紹介
この2冊の本に私がポップをつけるならこんな感じでしょうか。
子供も大人も文が読めていない。
行間でも、文章でも、空気でもなく、「文」が読めていないのです。
子供たちにAI時代を生き抜く術を
本の感想
もしかして友人がプログラミングできなかったのは読解力のせい?
私の友人に頭が良いはずなのに、どうしようもなくプログラミングの課題ができない人がいました。
もう、どう伝えればできるようになるのかさっぱり分からず頭を抱えたことを、10年ちかく経った今でもはっきりと覚えています。
私はずっと、その友人は論理的な思考が出来ないんだろうと思っていました。
文系出身でも問題なくプログラマーになれる人もいるし、数ⅢCまでやっているはずなのに出来るようになる気配もない人もいる。
プログラミングができる人とできない人の違いは何なんだろうとずっと疑問に思っていて、エンジニアの人に尋ねたこともありました。
でも、不明瞭な答えしか返ってきませんでした。
この本を読んで、思いがけず、その答えを得たような気がしました。
もしかして、論理的思考ではなくて、そもそも課題が読めていなかった……?
大学に行っている人でも文が読めていない。そんなことあるの? と思われるかもしれません。
この本の中では、リーディングテスト(読解力試験)の調査結果を紹介しています。このテストでは読解力を6分野7項目に細分化していて、それぞれの項目の読解力を図っています。
RSTでは、「事実について書かれた短文を正確に読むスキル」を6分野7項目に分類して、テストを設計しています。
①係り受け解析……文の基本構造(主語・述語・目的語など)を把握する力
②照応解決……指示代名詞が指すものや、省略された主語や目的語を把握する力
③同義文判定……2文の意味が同一であるかどうかを正しく判定する力
④推論……小学6年生までに学校で習う基本的知識と日常生活から得られる常識を動員して文の意味を理解する力
⑤イメージ同定……文章を図やグラフと比べて、内容が一致しているかどうかを認識する能力
⑥具体例同定……言葉の定義を読んでそれと合致する具体例を認識する能力具体例同定は、辞書由来の問題群(具体例同定(辞書))と理数系の教科書由来の問題群(具体例同定(理数))の2項目に分類されます。
新井 紀子. AIに負けない子どもを育てる (Kindle の位置No.648-658). 東洋経済新報社. Kindle 版.
この本で登場するテスト見本28問を全問正解すると、上位1%未満の読解力の持ち主であると判断できるそうです。(まあ、問題数が少ないため、うっかり正解(誤答)の影響も大きく出てしまうのですが……)
ならば、彼女がいずれかの項目が「読めない」に該当していてもおかしくはありません。
実際、私は大卒ですが「具体例同定(辞書)」の点数が低かったです。
例えば、「イメージ同定」が低ければ、フロー図を書いたり読んだりするのに苦慮しそうな気がします。
文が読めないことが、仕事の選択肢を狭めるかもしれない。これは十分あり得る話なのではないかと感じます。
文が読める人と読めない人の間には溝があるのに、それに気づかないまま過ごしている
Twitterの炎上の一因として、文章が読めていない人が一定数いるんじゃ……。そう指摘されることが時々あります。
Amazonのレビューとかを読んでいても、なんでこの本の感想がこうなるんだろう? そう思ってしまうような的外れな感想に出会うことも多々あります。
識字障害ではないけれども、文章を読めない人がいるのでは。
そう聞いても、反発することなく、そうなのかもしれないなぁと思っていました。
けれども、それは文脈とか、行間が読めないのであって、想像力とか共感性が弱いのかなと思っていました。
でも、この本を信じるならば、たった数十文字の文が読めないらしいのです。
そして、たった数十文字の文が読めないのだとしたら、間違いなく生きにくいでしょう。
正答率が低い問題として、次の問題が出てきます。
アミラーゼという酵素はグルコースがつながってできたデンプンを分解するが、同じグルコースからできていても、形が違うセルロースは分解できない。
この文脈において、以下の文中の空欄にあてはまる最も適当なものを選択肢のうちから一つ選びなさい。
セルロースは( )と形が違う
①デンプン ②アミラーゼ ③グルコース ④酵素
新井紀子.AIvs.教科書が読めない子どもたち(p.204).東洋経済新報社.Kindle版.
この問題を正解できる人には、どうして読めない人がいるのかが理解できないし、どうして自分が理解できるのかも分かりません。
また同様に、正解できない人は、どうして正解が分かるのか理解できないし、問題文がおかしいと一蹴してしまうかもしれません。
読める人と読めない人が混ざっているというのは、みんなでドッチボールをしていて、実はそこに視力が極端に悪くてボールが見えていない人が存在していた。それぐらいの危険性をはらんでいます。
見える人と見えない人との間には差異があることは理解しやすいでしょう。けれども、文が読める・読めないの溝は気づかないし、気づけない。
そこに分断があることを認識するから、それを埋める努力を始めるのに、そもそも、そこに分断があることに気づけていない。
この状況では、読める人が「読めない人にも正しく伝わる文章」を書く努力も、読めない人が読めるようになる努力も、子供たちに読解力を身に着けさせる教育も何も行われないでしょう。
その意味で、新井さんが2冊の著書を通して社会に鳴らした警告は、ものすごく大きな意味があります。
この本を読んだからといって、読解力が上がる処方箋を手に入れられるわけではありません。
けれども、今の自分の現状を簡単に知ることができるし、他者理解にもつながります。
読書のメリットの1つは「自らの思い込みを壊し、世界を広げる」こと。まさしく、読書のメリットそのもののような1冊でした。
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